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はなみずき 2/3 /2023 #35(第105号)

先週の帰りに、低学年の子どもが「へばな~!」と挨拶をしてくれました。これは東北地方の方言で、“さようなら、またね~”という意味です。なんとまぁ温かく、懐かしい響きでしょう!子どもに聞くと、秋田県に住むおじいちゃんの影響で覚えたようです。私のふる里・青森では「せばな~」(「へば」「せば」)とも言いますが、身内や仲間内で気軽に声をかける時の言葉です。


青森県に生まれた私は高校卒業後、北海道、次に京都へ移り、8年間関西弁に揉まれて暮らしました。帰郷して教職に就き、30数年間をふる里で過ごしますが、その間インドネシアのジャカルタで3年、香港で3年間日本人学校に勤めました。しかし、生まれて育った故郷の訛りは抜けることなく、益々「しもって」きたように思います。数年前に東京で道を尋ねた時、「??」と反応されたことがありました。理解できなかったのか、訪日客だと思ったのでしょう。

青森の方言も様々あります。「ぎやぁない」「いんずい」「ゆるくない」「かちゃましい」「そじゃくる」「けっちゃ」「きかない」「けっぱる」「あずましい」「こわい」「ひゃっこい」「なして」「なんも、なんも」「しもってる」「はんかくさい」「もちょこい」「んだ」・・・わかりますか?

若い頃はコンプレックスに思ったこともありますが、今では方言を聴けて、話せること、東北なまりが「しもってる」ことに誇りを感じます。

補習校の子どもたちも様々です。一時の私のように卑屈になることなく、堂々と話している姿を見ると頼もしく思います。青森では首都圏へ贈るリンゴは「地方発送」といい、“言葉はワインのように、土地によって違うもの”です。自分の言葉に自信をもって、みんなで大いに語りましょう!


」という字があります。分解すると、「」し「」まると書きます。たから「歩む」とは、時に立ち止まることかもしれません。

アトランタ補習校に赴任して、3年が経ちました。1年目はオンライン、2年目は分散授業(3グループ)、今年度ようやく全面登校となりました。この間、補習校は多くのことを試されました。

“計画された偶然性”という考え方があります。予期しなかったことが現れた時、それを積極的に受け入れることがチャンスにつながるという意味です。今考えると、この3年間は“一歩後退・二歩前進”の歩みだったように思います。


2月に入り、節分・立春の季節になりました。ジョージアも春に向かって確実に歩んでいるように思います。“冬来たりなば、春遠からじ” です。


2023年2月3日

アトランタ補習授業校

 校 長 小 泉 敦

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