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はなみずき 3/11/2021 #27

東日本大震災が発生して10年になります。

今回のハナミズキには、「私の3.11」を記したいと思います。


2011年3月11日(金)、私は太平洋沿岸・青森県八戸市に隣接する南部町の中学校で教頭を務めていました。6時間目の学活の時間、先生方も生徒も教室で過ごしていました。14時46分、職員室で突然“ドスーン”という衝撃を受けました。数分後に地響きと共に大きく揺れ始め、携帯の緊急地震速報の音が“キュィン、キュィン”と鳴り響きます。とっさに吹き抜け校舎の廊下へ出て、大声で全校へ向けて指示を出しました。

しばらく地面が盛り上がるよう、波打つように揺れました。揺れは収まらず、窓ガラスが割れ、天井が落ちるのではないかという恐怖を感じました。その都度、教室から生徒の悲鳴が聞こえます。全く立っていられず、心の中で何度も“落ち着け、慌てるな、大丈夫”と自問自答していました。


暖房が切れたため、暗闇とともに寒さが増します。先生方に懐中電灯を渡しながら教室の様子を確かめると、机の下にもぐったまま、泣いている生徒もいました。防寒着をつけさせますが、ガタガタと震えている生徒もいました。急いで保健室や休憩所から毛布やタオル、カーテンなどをかき集めて、掛けてあげました。


幸いに、電話はつながっていました。引っ切り無しにかかってくる状況に対応しながら、自家用車に駆け込んでラジオをつけると、八戸沖にも津浪が押し寄せていました。エンジンをつけたまま、ドアを全開にし、ボリュームを上げて先生方や生徒にも情報を伝えます。校長と連携をとり、生徒の安全・安心を最優先にした手立てを講じます。迷いはありませんでしたが、不安はありました。


陽が落ち始めた頃、ようやく保護者が迎えに来ました。

信号が止り大渋滞していること、海の近くでは船や家屋が流されていること、津波が川を上ってきていること、がけ崩れがあり道路が寸断されていること、スーパーやガソリンスタンドは大勢の人で混雑していることなど、保護者から聞く「惨状」は学校にいると、想像できませんでした。


中には車を流されて、親戚が代りに迎えに来る方もいました。夜遅くなっても迎えがない生徒には、お湯を沸かしてカップラーメンを食べさせました。ロウソクの灯りの職員室で、最後の生徒を引き渡して、学校を閉じたのは、23時を過ぎていました。

外に出て、見上げた時の光景が、今も忘れられません。漆黒の空に、満天の星と煌々と照る月光。“神々しい”世界でした。


2021年3月11日

アトランタ補習授業校

校 長 小 泉 敦

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